Life is like a Journey〜心の旅〜

日常ときどき旅ブログ。宮城生まれ、宮城育ち。特別頭もいいわけではないし、ごくごく普通の人。でも気がついたら悩み多き、でも想像もつかなかった人生を進行中。。。そんなブログ。いわゆる自己満w Instagram @match.kon

生業

さて、バタバタと東京に出てきて、バタバタバタバタと新しい仕事に入って行きました、近藤です。

 

 

ん?新しい仕事はどうかって?

 

 

 

 

これね、ほんっっっっっっっっ×100

 

 

 

 

 

 

っとやりがいに溢れてる仕事だと思う。

いや、正しくは仕事場だと思う。

 

 

たかだか2日で何がわかるのか

って話だけど、でもそう言えるくらいの衝撃。

 

 

一言で言うとこんな塾ってあるんだって話。

下手すれば小さな学校って言ってもおかしくないレベル。

 

 

 

いい意味でまた常識をぶち壊された。

 

 

これまでの塾のイメージはとりあえず勉強を教えて、成績を伸ばしてって言うようなイメージ。

正直なところ、会社とお客さんって感じる部分もたくさんあった。

 

 

 

そこはどうしてもしょうがないのかなと思っていた。

 

 

でも新しい仕事先は違った。

 

 

もちろん成績を伸ばしてって言うところは大前提のことだけど、勉強以外にもたくさん問題を抱えてる生徒たちがたくさんいる。

 

 

例えば

母子家庭で育ち、おばあちゃんにべったりな小学生低学年の男の子。お母さんはその子に強くなって欲しいからって、塾に入れてるみたい。でも塾に入って来るのも泣いて嫌がる子。

 

 

小学生で既に不登校

親が最低限は知識をつけて欲しい、何かのきっかけでまた学校に行けるようになって欲しい

という親の思いで塾に来ている子。

 

そういったところをフォローしている。そんな塾。

他にもまだまだ僕の知らない、もっともっと悩みを抱えた子達がたくさんいる。

 

あれこそ勉強を通して人を育ててるっていうのかな。

 

新しい仕事先の先生達は皆、そんな家族状況、悩み、問題、そこに加えて生徒の恋愛事情まで把握している。しかも通ってる子達の年齢幅がハンパじゃない。

下は小1、上は高校3年生。総勢150人の生徒たち。

 

大手の塾に入っていたけどついて行けなくて、入塾して来る子もいるんだとか。

 

授業をしてればいい、っていうような仕事ではない。そんな塾だからこそ、大学生のバイトは取らないんだとか。

 

 

今回、たまたま僕が採用してもらったけど、応募総数を聞いてビックリ。また面接に来た人らの学歴を聞いてビックリ。

 

応募総数30数名、中には京大出身などの全国の名だたる大学出身者の応募があったんだとか。

 

ある程度英語を勉強しても、そんな京大出身の人らに勝てるほど僕は突出しているわけではない。

 

でもなんで僕だったのか。

それは苦手で嫌いというところからの英語の勉強のスタート。でも克服した。

 

その点に社長がピンと感じるものがあったみたい。

 

そう言ってもらえて嬉しかった反面。プレッシャーも感じる。

全国の名だたる大学を落としてまで、田舎のごくごく普通の大学出身の僕を取ったのだから。

 

既存の先生達がやっている事、そんなこと僕にもできるのだろうか。

 

その先生1人1人、本当に生徒のことを考えてて、他の先生達のたくさんの思いを聞くと涙が出そうになるくらい熱い想い。

 

 

勉強を通して人を育てる仕事。

 

今はまだまだこの仕事の綺麗な部分しか見えてないし、まだまだまだまだ実力が足りない。

 

 

でも生徒と一緒に問題を乗り越えた時、どれだけの感動があるんだろう。

 

お金ではない、本当に自分がやりたいこと。

人生の終着地点。目標。生業。

 

これからのことを考えるとやっぱりワクワクする。

 

やっぱりこれだ。僕のワクワクの出どころ。

生きてるって実感。

相手の中に僕がいるのを感じること。

 

 

それは半年前の南米旅が教えてくれたこと。

 

これからどうなるのか楽しみだ!!

 

夢は逃げない、逃げるのはいつも自分だ

旅を始めたときめっちゃ心に響いた高橋歩語録から始めてみました。

 

はい、近藤です。

 

前回の記事でちらっと出したのですが、

 

わたくし、近藤。

早速ですが仕事を辞めます笑

 

何になるかって?教員やります!!

目指します!!

 

納得して会社員になったつもりでした。仕事が楽しいって思ってやって来ました。でも実を言うと昔からあった教職の夢をずっとずっと捨てきれずにここまで来ちゃいました。

 

ついでにもう一つ言うと就活の時、最終面接でそれを指摘されたことがあります。

 

『なぜ今から教職を目指さない?』

 

その面接の時に教員をやりたいと言う気持ちが言葉の端々に出てたんでしょうね

 

でもその時の自分は

『いや、夢に見切りをつけたんだ。会社で仕事をするんだ』

っていう風に思っていました。やらない理由をつけて、、、

 

僕がいろんなことをやることになったきっかけ。

【教員の仕事を諦めたこと】

 

それから新しい世界を知るためたくさんのことに挑戦してきました。やったことない未知の世界にも飛び込んできたつもりです。きついなーって思うことにも逃げずにやってきました。

 

でも1番大事なことからずっとずっと逃げてました。夢から逃げたところが僕のスタートだったって最近やっと気が付きました。

【夢は逃げない、逃げるのはいつも自分だ!】

今この言葉が深く心に刺さります。

 

そーなると芋づる式にいろんなことを思い出します。

他の人に対していっとき強く思っていたこと。

『何かと理由をつけてやりたいことをやらない。やる理由ではなく、やらない理由ばかり探してる人が多い』

 

そんなことを思っていたのは自分自身がまさしくその通りだったからでした。

 

いやー、遠回りしたけどやっと気がつけた!というか自覚できた!!

 

ということで近々、東京に帰ります!

移り住みます笑 最低でも2年くらい。

 

人生迷子がやっと解消されそう笑

 

世界中でもいろいろ迷子になったけど。笑 そんな決意をした今日この頃。

 

全てやるか、やらないか。

決意するか、しないか。

 

決意してしまうと新しい歯車が急激に回り出す気がする。

あの時もそうだったように。

 

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言葉

最近驚愕の発明を知る

iamili.com

これめっちゃすごい!!!!

ついにここまできたか!!!

 

なーんて感動しました。近藤です。

最近言葉のことで考えさせられることがものすごく多いのでつらつらと書いていきます。

 

最初に結論みたいなことを言うけど

上のリンクのような翻訳機が出てきて、言語学習は不要になっていくのか

というとそれは絶対違うと思う。

 

英語、中国語、スペイン語、韓国語、、、etc

外国語を勉強している人は果たして日本に何人、何万人いるのだろう。

 

その人たちに【その理由は?】って聞いた時にどんな理由が返ってくるだろう。

 

喋れるようになりたいから 

仕事の幅が広がるから

(就職に有利だから)

海外に住みたいから

 

こんな理由が多く出てくるかと思うんだけど一番気になるのは

喋れるようになりたい

っていう理由。

喋れるようになって何がしたいっていうところが抜けてる

喋れることが“目標”?

 

もちろん喋れるようになって新しいものが見えてきて、そこから、、、

なんて考え方もあるけど、なぜ言葉を学ぶかっていう元々の意味を考えてもいいんではないかって思う。それは

 

【人と話すこと】

これが言葉でしかできないことであり、言葉を学ぶ原点なんじゃないかな。

僕は学生時代英語が苦手で嫌いだった。でもあることがきっかけでどうしてもたくさんの人の考えが知りたくなった。そこで行き着いたのが

英語を話せるようになることだった。

 

人と話すために言語が必要。お互いの気持ちを知るために言語が必要。

話がしたい!!

 

単純で当たり前のことかもしれないけど、学ぶ上で一番大切な理由な気がしてならないここ数年。

この理由で言葉を学びたいって考えてる人は一体何人いるのかな。

 

友達を作るだけなら言葉なんて喋れなくてもできる。

 

なぜって言うと僕自身が喋れなくても仲良くなって今でもたまに連絡を取る関係を作ったからだ笑 今は少しは英語できるようになったからやり取りできるんだけどね笑 

 

今は少しだけできるって書いたけど、

全く英語ができなかったところから、

 

言葉を覚えて相手の気持ちが日本語以外でわかる。

自分のことを詳しく話せるようになる。

 

これが完ぺきではなくても相手にしっかり伝わったとき、

どれだけ嬉しかったか。

 

友達を作るだけなら正直言葉がなくても笑顔とノリでできてしまう

(記事参照、チリでの再会)

0416kon.hatenablog.com

 

その友達が今どういう状況で、何を考えていて、、、

そんなことを知りたいと思ったときに初めて言葉が喋れる強みを実感する。

 

そしてもう一つ僕の体験からこれを見ている人に伝えたいこと。

 

こんなことを書いているとさぞかし僕は言語が達者なのかと思う人もいるんじゃないかな?笑

 

喋れなくはないないけどまったく不自由しないレベルか、

ペラペラかというとそれは全く違うw

 

まだまだまだまだ知らない言葉だらけだし、できなさすぎて悲しくなることもいっぱいある。お恥ずかしい話。wwwww

でもでも世界中いろんなところに友達はいる。これは胸を張って言える!!

 

別に特別なことをしたわけじゃないし、特別な翻訳機を使ったわけでもない

 

ただ海外で出会った人と仲良くなりたくて喋ってただけ

ぐちゃぐちゃな英語でwww

 

それでも話す!!仲良くなるためにはあまり関係ないってことを知ってるから!

 

そんなこと思うきっかけとして、とても印象的な言葉がある。

それはフランスで出会ったフィンランドの女の子と喋ってた時のこと。

「日本人に海外で何人も出会ったけど、日本人はあまり英語で話そうとしないよね?なんとなく英語をわかってる人もいたけどあまり話しかけてこなかったw

でも日本を旅行した時にお店の女の子が喋れないけど、知ってる単語で道を一生懸命教えてくれたとき、本当にうれしかったわ」

なんて言ってた。なんでもないワンシーンだったかもしれないけど

その道案内をした日本人は「伝えたい」っていう気持ちでいっぱいだっただろうし、そのフィンランドの女の子は理解しよう、すこしでも気持ちを汲み取ろうとしたから

理解できただろうし、うれしくなったんだと思う。

 

要するに言葉ってこういうこと!

 

言葉と一緒に気持ちも伝えてる!!

気持ちをより詳しく伝えたい=喋れるようになりたい

だと思う。

 

僕の体験でいうと、スペインに行ったとき、

カナダ人、オーストラリア人、イギリス人7人の中に僕一人だけ日本人っていう状況があった。笑

みんな英語が母国語の英語ネイティブ。話の内容がわからないこともたびたびあったし自分だけ言葉が不自由な状況は正直、居心地が悪かったけど、それでも仲良くなりたかったから一生懸命話を聞いて理解しようとしたし、一生懸命話した。

そしたらオーストラリアの人たちは僕をすっっっごく気に入ってくれたw 半端じゃないくらいw

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これは別な話になるが、最近久しぶりに会った、日本で日本語を勉強中のイギリス人の友達からも言語の大切さ、面白さを改めて感じさせてもらえた。

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彼の日本語ももちろん間違いや変な表現の仕方もある。完璧ではない。でも気持ちが重要だからそんなの全く気にならない!

僕が喋る英語も同じことだしね!

 

ちょっと脱線したけど、僕は翻訳機がどんなに性能がよくなろうが「何かを伝えたい」っていう気持ちも伝えられるようにならない限り言語学習はなくならないと思う。

 

言語学習は目標ではなく過程であり、結果。

言葉と一緒に気持ちを伝えるための道具。

逆に相手もしっかり知れる道具。

 

こんなことを教えられる先生になりたい。

っていうのが最近の目標。このことについてはまた今度、、、笑

 

 

もし外国の方と話す機会があったら一生懸命気持ちを伝えて下さい笑

そして相手の気持ちを受け取ってください笑

 

 

さすらいのリーマン(仮)

はいはいはいはい、お久しぶりなブログです。

遅ればせながら社会人になり早3ヶ月目、日本の社会というものを日々学んでるわけですが、やっぱりどこか息苦しさみたいなものを感じるわけです。正直。

 

営業が仕事のため、毎日数字とのにらめっこ。うーーん、やっぱり思うようにいかない。ガンガン成績を上げる同期がいながらイマイチな自分。

あの手、この手を考えるがバチっとハマるものがない。

集客の方法も勉強しなきゃ。トークも勉強しなきゃ。。。

 

仕事は本心で楽しいのですが、前回のブログにも書いた通り、精神が擦り切れる笑

 

そんな毎日。

 

そんな日常の喧騒の中で、ふと変な考えが頭をよぎる。

なんでだろ。

 

『もう1回ヒッチハイk.....』

 

 

おかしいのは重々承知です。

 

でもまたやってみたくなった。

でもまたなんかある気がする。

多分取れて3連休。

 

でも3日あれば仙台→伊勢まで行ける!!笑 (本人実証済み)

 

I will be

さすらいのリーマン。

I will be

リーマンバックパッカー。

And then..........

行く末はどこに行くんだろう笑

 

すぐに仕事を辞める気は全くないけど、

『やっぱり人を育てる仕事にゆくゆくは…』

 

なんても考え出してる最近。

それについていろいろ調べてる最近。

 

やっべ。人生また迷子フラグ…

 

動き出してみて初めてわかること。

はい、どーも。これまたお久しぶりのブログです。

自由な南米の旅を終え、人より少し遅い新社会人として働いてから早1ヶ月。覚えることが多くて多くてなかなか大変です。まぁ、どの仕事に就いても同じだと思うのですが。。。

 

さて、某ベンチャー商社(営業会社)で働くこととなったのですが、希望していた事業所に配属にならず、ある携帯会社の代理店として動いてる事業所になってしまいました。

 

はっきり言って

携帯売りかよー。っていうのか率直な感想。

 

なんかもっとカッコいいことをやりたい。大きいことをやりたい。心の片隅にそんな思いがあるのは否定できません。

 

そして変なプライドなのか、自身なのか。同年代が次々と社会人になっていく中、働かず他の人はしない経験を積んできた!

なーんて思うところも正直なところ。

(結構ぶっちゃけてるww) そこが結局携帯売りかぁ。って思ってしまったわけです。

 

でも働いてみると思い描いてた、イメージしていた仕事と違うことに気がついた。いや、むしろすごく奥深くて面白い!!!

 

このブログを何人の方が見るかわかりませんが、携帯売りってどんなイメージですか?

 

例えば家電量販店の携帯売り。

歩いていると声をかけられ、携帯の営業をかけられる。

機種が気になり、店舗でゆっくり携帯を見たいだけなのに営業マンが近寄ってきてあれこれ聞かれる。

そしてなんとなく

携帯を買え!

みたいな営業される。

うぜーなーって思う人も多いかと思います。わかります笑

あんなもん学歴関係なく誰でもできるな、なんて思うと思います。

 

確かにそうかもしれません。でもだからこそめっちゃ奥が深いんです!うざいなって思われるところから契約を取るためにめっちゃ勉強しなきゃいけないんです。どうやったらウザいなってところから仲良くなるか勉強しなきゃいけないんです。

 

それに毎日毎日最低20人以上にうるせーなーって顔で拒否られるわけです。人によっては僕がいないかのように無視してくるわけです。

これは慣れてくるものかもしれないですが、うざいなって顔で見られるのが初めから平気って人、少ないんじゃないんですか?しかも立て続けに拒否られるんですよ。笑

 

人が好きな僕にとってただ携帯を売ってるだけでそんな対応されるのが本当に苦痛でした。いや、まだ100%慣れたわけじゃないけど、、、笑

 

でもそんなことばっかりではありません。携帯っていう話のきっかけから入り、話していくと皆、様々な悩みを抱えてるというのがわかってきます。

まだ働いて1ヶ月だけの僕でもわかってきてるってことはもっと働けば今は知らないことがもっともっとわかるのかなと。

そんな悩みを抱えてる人たちの問題を解決してあげた時、言ってもらえる

ありがとう

の一言。頑張って良かったなぁって感じます。

今はまだ不恰好でたどたどしくて、わからないこともいっぱい。でもそんな僕を頼ってまたお店に来てくれる人がいる。

 

そんな仕事なんです。

 

僕が何を言いたいかというと、自分の狭い視野のイメージだけで物事を勝手に決めつけるなってことです。僕も気をつけていたつもりでしたが、つい決めつけから入ってしまいましたが。

 

でもやっぱりやりもしないのにわかったような気になってるのは本当にもったいない。仕事で言えばそれがもしかしたら自分の天職かもしれないのに、、、

 

今、一生懸命就活してる大学生がいるかと思います。探せば探すほどいろんな会社が出てきて自分は何に向いてるんだろう、なーんて思うところもあると思います。わからないならとりあえずおもしろそうって思えた会社に飛び込んでみるのも手かと思います笑 就活生でありがちな会社がホワイト、ブラック言うやつ。笑 あれこれ言う前に働いて確かめろってことです笑

しばらく働いてみて合わないなら辞めればいいんです笑 きっかけが何であれ、働くことによって新しい自分になれることは間違いないんだから!

 

どんな仕事であれ、そこでもがいた経験が絶対的に他で役に立つと思っています!そんな観点で見るとカラダが足りないって感じるんじゃないかな?笑

 

僕の仕事の事で言えば携帯のプロというよりも営業のプロにならなければいけません。ただ今の事業所では売るものが携帯ってだけです。売るものにこだわってたって何も始まりません。

 

思い描いてたものと違いましたが、営業するって言う点では他となんら変わりない。むしろ携帯1つ売れなくてプロの営業マンになれないかな、なんて。

もしかしたら今後車を売ることになるかもしれません。もしかしたらペンを売ることになるかもしれません。その時のために営業のスキルを身につけなければなりません。

 

そんな仕事です。

 

いろんなことで悩んで動けない人。固定概念が凝り固まって何も挑戦できないでいる人。迷ってるならGo!!! 

例えそれが失敗したって新しい何かが自分の中でスタートしてるはずです!

 

そんなことを思う社会人1ヶ月でした。

 

 

南米の風に吹かれて

はい、久しぶりのブログです。

帰国後就職までの準備でバタバタしてて、書こう書こうと思っても書けてませんでした。1週間岐阜の山奥にいたんで、、、笑

さて、今回の旅のまとめ。

 

なぜ南米?なぜ旅?

帰国して早2週間。また日本の生活に戻ってるわけなんですが、海外から帰って来るたびに旅をしていた時間が夢であったかのようなそんな感覚になるんです。

 

この感覚、わかる人いるかな?

でもそのおかげで自分に期間限定のアンテナが立つんです。日常を非日常として見れるような。

 

さて今回、南米の旅をした3つの理由。

①前からずーーっと行きたかった場所。あの底抜けに明るい人たちのルーツを知りたかった。

②わくわくという気持ちを辿ったら行きついた(そこに何かある気がした)

③就職をする前にもう一度、自分と向き合ってみたかった。

 

日本で生活をしていく中で、いや、特に東京という大都会で初めて生活をして、何か大切なものを忘れてる気がしてならなかったこの1年間。どうしても、思い出してから就職したかった。そうでないと自分がダメになりそうな気がしていた。もう一度外の世界を感じたかった。

 

そんな旅が教えてくれたもの。それは幸せってなんなのかってこと。

やりたいことやって、好きな時に好きなことして、好きなもの買えてそれはそれで幸せなのかもしれない。

でも自分の好きな人たちがそばにいて、家族を持てるなら奥さんがいて、子供がいて、その人たちと過ごすことが最高の幸せなんだって思えた。

だからこそ、そこに気がついた旅人たちはより多くの繋がりを作るため、人が集まる場所を作りたがるのだろう。少しでも多く自分の好きな人たちと過ごす時間を作るために。
無意識なのか、意識的になのか。

日本を周り、海外を今回の南米を含めて13カ国、今まで周った。国の数だけ見ればそんなに大した数字じゃないけど、旅が伝えてくれたことは数え切れないほどある。
人として素直になれた。日常生活でいつからか背負ってしまった、いらない荷物を降ろしてくれた。優しくなれた。

さまざまな技術が発展し、何事も便利、便利になってきてるしこの世の中。人の一生も昔から比べれば段違いに長くなっている。しかし、人が誕生したその時から変わらないであろう根本の部分を探そうとした時、そこが生きて行くためのヒントをくれた。

 

これらのことは今後の人生でいくらお金を積んだって買えるものではない。わかっているのと実感したことがあるって言うのは天と地ほどの差。僕は実感できた。それを僕は少しのお金と貴重な時間を使って今買った。

すこしのお金+20代の5年間=人生の財産

 

そしてなぜ僕は『旅』をしたんだろうか。たぶん生きてるっていう実感が欲しかったんだと思う。日常生活がつまらなくて物足りないと感じていたあの時、僕は死んでいたのだろう。だからこそ生きてるっていう実感が欲しくて欲しくてたまらなかった。あの時の感覚で言えばすべてを捨ててでも生きてるっていう実感が欲しかった。息を吸いたかった。

僕が危険なところへ行くとワクワクするのは、ある種生きてるって実感が持てるからなのかも。すっごい危険思想だけど。笑

 

今回の南米で見つけたもの 

さて僕らはいつ生きてるって実感するだろうか?美味いもの食べてるとき?遊んでるとき?綺麗な景色を見た時?いつだろうか?

 

日本で生活をしていて、なんとなく過ぎて行く1日があるだろう。この生きてる時間が永遠に続くような錯覚さえ起きる。でも時間は無限ではない。これはみんな知っているのに普通に生活してるとついつい忘れてしまう。そんな中では生きてるって実感できない。

誰にでも必ず終わりは来る。それを意識した時にこそ生きてるって実感が得られるのではないか。僕らに与えられた時間をどう使えばいいだろうか?それを有意義に使ったと思えた時こそ幸せを感じれるんじゃないかな?

 

自分にとっての幸せってなんなんだろうか。

 

自分が誰かに必要とされること、誰かのきっかけになること。人に囲まれること。

 

今はこれしか思い浮かばない。いいのか悪いのか、外に出れば出るほど、野心というものが削ぎ落とされて、当たり前を強く求めるようになる。当たり前にご飯が食べれて、不自由しないくらいのお金があって、周りには自分の好きな人たちがいて。やっぱりそれって最高じゃん!

 

シンプルに生きる。

そんなことを思うきっかけの一つとして街のお祭りとしてのリオのカーニバルに参加したことがあげられると思う。やっと歩き出せたくらいの子供も、10代20代の若者も、60、70以上のおじいちゃん、おばあちゃんだってみんな一緒になって歌って踊って騒いで。

知ってる人も知らない人もみんなでその時を楽しむ。これでもかってくらい楽しむ。

 

彼らの底抜けに明るいルーツを見た気がした。そのとき、ぶわっと熱いものが心の深いところから込み上げて来るのを感じた。

うまく言葉にできないけど、確かに感じるじわじわとしてて目頭がぶわぁぁあぁって熱くなるやつ。

そしてこんなこともあった。移動中、どこまでも続くような大地を見た。

何かがこみ上げた。熱いやつ。

 

高山地域に住む人たちの生活を移動中のバスからずっと見てた。目があって合図すると大きくニコッと笑って手を振ってきた。何でもないワンシーン。だけど何故だろうか、また込み上げるものを感じる。これまた熱いやつ。

 

うわぁぁぁ、今、おれ生きてる!!

 

これだ!何とも言えないけど、この感覚だ。

 

シンプルに生きよう。

自分の気持ちに嘘をつき続けるからこそどこかで歪みが来るのだろう。

 

自分の気持ちに耳を傾けよう。

絶対何かサインを出し続けてるはず。聞こえてないんじゃなくて、聞こうとしてないだけ。

 

自分の幸せってなんだろうか?

目には見えないし、うまく言葉にできないけど、感じることはできる。自分の幸せの形考えてみてもいいんじゃないのかな?

 

あなたの幸せってなんだろうか?

 

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一瞬のような一ヶ月。最後のファベーラツアー。

チリからサンパウロへ飛び、そこからリオに戻って来ました!

 

経済都市サンパウロだけど、、、

サンパウロなかなか発展してる!街をぶらぶら〜。

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いろんな世界的にも有名なお店が立ち並ぶマーケット通り。

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こんな発展してるマーケット通りにも、路上で生活してる人や足がまるで怪獣の足のように大きく腫れ上がり爪がめちゃくちゃの人、片足ない人がお金を要求している姿を見てなんか悲しくなった。

ブラジルは急激に発展してきているところだから、その発展の波に乗れないと僕が見たような人たちのようになるんだろうなって思った。この土地の歴史的な背景はわからないので無責任なことは言えないが。。。1つ言えるのは、その経済発展で喜ぶ人もいれば、犠牲になる人も少なからずいるということだ。もちろん波に乗れなかった人たちもいろんな理由があるんだろうけど。

 

自分で移動できない人は朝に(大体はマフィアとかそういう裏の集団に)車で連れてこられて、日中通行人にお金をせがみ、夜にまた回収されるっていう一種のビジネスのような形態もどうやら確立されてるみたいだな。明らかに自分で動けないでしょっていう人を何人も見たけど夕方には全員その場所からいなくなってた。

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言葉は失礼かもしれないけどこういうものを見るたびに本当に興味がわく。リオデジャネイロのところでも書くけど、世界有数のスラム街の人たちの生活を見て、ガイドの話を聞いて、そのことに関する本を帰国前なのにアマゾンで買いましたw

サンパウロの日本人街

 さて話は変わり日本人街について。

サンパウロはブラジルの中でもアジア人が多い街。リオでアジア系の顔はほとんど見ないのですが、サンパウロは結構います。

1900年に入ってから日本人の(経済発展?のため)ブラジルへの移民が多く、皆、サンパウロ州に住んだそうです。やがてサンパウロ(街)に移り住み、日本人街(アジア人街)を作ったとのこと。日系ブラジル人の約70%はサンパウロ州に住んでるんだとか、、、

ここの歴史についてあまり詳しくないのですが、ちょっとした記事見つけたんで興味ある方はどーぞ。日本人資料館、地図なくて行けなかった。残念。

brasiltips.com

 

日本人街

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京都(お土産屋さん)っていうお店に入ってみると、 ”和”っていうものもあれば、これ中国(韓国)じゃんwっていうものもたくさんありました。他の国でチャイナタウンは何箇所か行ったことはあったけど、日本人街は初めてだったから、海外から見る日本を見れてちょっと面白かった。日本のお菓子、カップ麺、酒もいろいろあったなぁ。

 

リオデジャネイロ再び

ラストフライとのためリオに戻って来ました。(2回目)

今回のリオはずーーっと行きたかった場所にツアーで行って来れました!

世界有数のスラム街、ファベーラ。しかも南米最大のスラム地区ホッシーニャ。

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ここファベーラはブラジル超経済格差の産物。街を追いやられた人たちがこぞって家を立て始めたのがきっかけ。複数のマフィア団体がここら辺一帯を統治しており、大人子供関係なく、銃、ドラッグ、殺人が日常茶飯事の場所。地元のファベーラ出身の人以外は一切近寄らない。またマフィアの手にかかれば身元不明にして人を殺すことなど容易いことのよう。

ファヴェーラ - Wikipedia

ギャング抗争と死体処理…ブラジル・スラム街に住む男に聞いた、ファベーラの日常 - エキサイトニュース

 

中はいたるところにゴミ溜めがあり、生活用水と混じって異臭がプンプン。

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電気も勝手に引っ張っているため(盗電)道はコードだらけ

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ガイドさん(ファベーラ出身)曰く、ファベーラには国が一切関与していなく、ファベーラの中で病院、お金すべてまかなっているのだとか。ファベーラにはなんでもありました。子供の保育施設もあり、働きに出ている親がいる子供はそこに預けられ1日を過ごします。

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職員は世界各国からのボランティアの人たちと地元の人。

 

働いてる大人も外部からファベーラにお金を持って来るために観光業としてファベーラツアーをしているみたい。そのせいか僕らが通った道の人たちは観光客慣れしていて、笑顔で挨拶してくれる人がたくさんいました。

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歩いていると所々家の中が見えたのですが、なかなか立派な生活をしてるような家が何軒も。でっっかいテレビも持ってました。これが今ファベーラで問題になっているそうで、中流階級者がファベーラに流入し、貧困者の住む場所がなくなってきているとのこと。

安全のため比較的お金を持った人たちが住んでるルートを通らされたんだと思いますが、表面的には銃、ドラッグ、殺人が日常茶飯事のような場所には見えません。でも所々行ったら危なそうな道が。こんな建物を見るとやっぱりスラムなんだなって実感します。

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壁にはいろんな絵が

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ファベーラは個人でふらっと入って行けるような場所ではありません。

至る所から銃を持った人が監視しているし、マフィア同士のきっちりとした縄張りがあるため、連絡もなく、見知らぬ人が縄張りに入って行こうもんなら冗談抜きで頭に銃弾が飛んで来ます。僕らが参加したツアーもずっと見張られていたんだとか。。。

 

一見、中はもっと危険そうに思うファベーラ。しかし、ずっと見張っているためお客さんに対して、地元の人が盗みを働いた場合、身元を判明させてほとんどの確率で盗まれたものが帰って来るそうです。

 

 上でも書きましたが、このファベーラツアー、ほんんんとに興味深かった!すっごく面白かった!!!!平和そうな中にも悲惨な話は数え切れないほどあるそう。残念ながらブラジル経済=ドラッグという話も。ガイドさんがいろんな話ししてくれたのですが

ガイドさんの英語が僕の聞きなれないアクセント(ポルトガルアクセント?)っていうのと単語が難しいっていうので説明が少ししかわからなかった、、、

わかった内容も頭から飛ぶ始末。。。僕の英語力なんてこんなもんです。。。帰って本を読みます、すっごい興味持ちました。

ブラジルに訪れた際はファベーラツアーに参加されることを是非おすすめします。

アンテナ張っていろんなところを見てると今までの自分の考えを覆えすものがあるかも。

今回南米を周って、今までに行ったことがないような場所に人の生活があり、歴史があり、それを多少なりとも肌で感じれたのはとても貴重な体験だった。

まぁこの話は旅のまとめとして次回書きます。

 

コルコバードの丘のキリスト像

そして最後にブラジルといえばこれ!

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キリスト像。山の下までバスかなんかで行って、そこから電車かバンで頂上まで行きます。そして山の頂上。リオの街が一望できます!すっげー気分良かった!

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肝心のキリスト像はというと

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おきまりポーズでいっぱいw

一人で写真撮られるのはあまり好きではないのですが、なんとなく1枚。

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おきまりポーズというか飛んでますww

そんなこんなのリオ旅第2弾でした!そして最終日の今日は街をぶらぶらし、青いグアバにかじりつき、教会で身を清め、日本語勉強中のブラジル人と喋り、海で物思いにふけた1日でした。

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有名なコパカバーナビーチ。波が、、、で、デカすぎる

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そして別ビーチ

 

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さて今からフライト!!!

New Yorkまで11時間。アメリカでなにもありませんように。。。

ブラジル、いい国だったなぁ。